9/23 近鉄名古屋線第1回 廃線跡散策&勉強会を無事に開催いたしました。

★実施日時  9月23日(月・祝) 9時50分(集合)

数日前より台風が日本海側を添うように接近し、愛知や三重県にも影響の予報が…。今回の話す内容が「伊勢湾台風60周年の」の話をするので、気になりながら調整を!事務局長と入念な打ち合わせをし、荒天の場合は完全中止か、午前中の弥富市(愛知県)散策を中止にする事を視野に入れていました。

でも当日は予想を覆し真夏を思い出させるほどの天候に恵まれけました。

予定通り近鉄弥富に集合し散策開始!JR弥富駅付近を進むと、車両の接近が!もちろん安全な位置で撮影タイム

その後は伊勢電気鉄道時代の廃線横を散策

下見をしたときは雑草で追われていました近鉄名古屋線と旧線路が合流地点の土手が綺麗になっていました。

そして、現在でも残る高架を! 剥離防止などで補修や塗装も塗り替えていました。

そして木曽川橋梁付近に到着をし、予定通り観光特急「しまかぜ」が…。こちらでも撮影会と大きく手を振りながら見送りました。満席で通過

土手では主任研究員の福田さんが伊勢電気鉄道跡の旧橋梁跡の説明

その後は二代目国鉄橋梁の遺構が筏川付近に残っている説明と、伊勢電気鉄道の宮川橋梁に使用していたトラストの説類を

その後は近鉄弥富経由で桑名に移動

こちらでは標準軌の1435㎜、狭軌1067㎜、特殊762㎜が並ぶ踏切を見学

そしてくわな会館へ

こちらでは準備万端のあら竹社長の新竹浩子が皆様をお迎えしていただきました。素敵な松阪木綿のお召し物をまとい、笑顔でのお迎えは長時間歩いた私たちの疲れが飛ぶほどでした。

美味しいお弁当を頂き、後半は伊勢湾台風復興時の映画『伸び行く近鉄』を全員で鑑賞し、その後はパワーポイントで詳細に説明をいたしました。

福田さんと福原のW福で入念に調べました内容を詳しく説明をさせていただきましたが、従来とは違い、復興に取り組む姿などの資料に皆さんは聞き入っていただきました。

そして、ゲストには近鉄の大先輩の稲田節夫さんにも台風経験の話をしていただき、充実した研究会でした。

参加されました感想など

ー伊勢湾台風から60年。近鉄名古屋線の軌間拡幅工事。ー
【名古屋線は、改軌の前に実は狭軌で復旧していた】

最近、近鉄電車の名物広報マン/福原稔浩(ふくはらとしひろ)氏を中心とする仲間が協力し合い運営している「有志で巡る廃線跡シリーズ研究会」に参加させていただいています。会の趣旨は『歴史鉄が集まり、廃線跡をめぐり、歴史を知り、学び合って、知識を高める集いの場』で、一見ハードルが高そうですが、初心者でも楽しめるように工夫されており、毎度参加とはならないものの私の鉄活の定番の一つにしたいと思っています。

その会でこの9月23日(月)に「 近鉄名古屋線第1回 廃線跡散策&勉強会」を行いました。
午前中の廃線跡散策は、近鉄弥富駅を起点に旧木曽川橋梁まで歩くもので、近鉄、JRの車窓からも見えるこの橋なども間近に見ました。

※詳細な鉄道史の話は省きますが、近鉄名古屋線は、伊勢湾台風以前は狭軌(1067mm)の鉄道で、伊勢湾台風を契機に広軌(1435mm)化されており、この橋は狭軌時代に使われていたものです。

1枚目の写真)狭軌時代の名古屋線が、木曽川橋梁の手前(名古屋側)で当時の国鉄関西線を乗り越える高架橋です。
この橋の管理は今も近鉄が行っているとのことで、真ん中のブロックというか道路の上の部分の色が異なっているのは、定期的に点検を行い、道路を行き交う人や車に万が一にでも事故が起きないように補修を行っているからだそうです。

参考:この日、私たちが見た遺構は、11月9日(土)に開催の近鉄主催のハイキング『特別企画ハイキング・名鉄タイアップ企画(踏破賞対象)近鉄名古屋線改軌60周年記念ハイキング 近畿日本鉄道発展の礎を歩く(近鉄弥富駅~近鉄長島駅)』でも見られます。

午後は「伊勢湾台風と名古屋線」というテーマでの勉強会。福原さんと会の事務局の福田さん、そして近鉄OBで、伊勢湾台風が襲来したその年に就職された方から、台風被災からの復旧並びに広軌化工事について詳細な話をお聞きしました。

2枚目の写真)勉強会でのスライドの例。パワーポイントで作られた資料を見つつ勉強会は進行していきます。

(以下、近鉄HPから転載)

名古屋線の広軌化を1958(昭和33)年9月から計画し、準備をすすめていたところ、1959(昭和34)年9月、伊勢湾台風により、名古屋線は甚大な被害を受けました。しかし、台風による水没区間復旧を機に、名古屋線80キロ標準軌化を一挙に(11月19日~27日)完工する大事業を完了し、62日間で全線復旧、広軌化を成し遂げました。

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近鉄名古屋線の広軌化は、木曽川に架かる橋梁など、重要な構造物が台風の襲来時点で既に出来上がっていたり、その他の準備でも終わっていたものがあったそうで、それもあって最終的に当時の佐伯社長が、社内の多くの反対を押し切った上で決断したとは聞いていました。ただ9月27日から11月27日まで鉄道を止めて代行バスを走らせていたのではなく、実は一部区間を除き狭軌のままで開通させ、その横で広軌化工事の準備を行い、最終的に上記の日程で一気に改軌をしています。

近鉄の社史等にはそれは書かれているとのことでしたが、勉強不足を改めて知らされた一瞬でした。

鉄道を止めない。鉄道マン一人、一人の気持ちが一つになって初めて成し得た大事業であったと改めて感じています。

またその根っこには佐伯社長の一言「罹災社員の救済は前例に関わらず徹底的にせよ」があったと聞きました。海外出張中だった佐伯社長からの、伊勢湾台風の報に接しての最初の電報は、「電車は動かせるのか」ではなくこれだったそうです。人があっての会社であり、その人が安心して暮らせることが会社の繁栄であるという信念があったのでしょう。

今年は近鉄名古屋線広軌化60周年の節目の年であり、それは名阪間を直通で結ぶ特急/ビスタカー2世の登場から60周年でもあります。伊勢湾台風が無くとも広軌化及び直通特急運転開始はつつがなく進んだものとは思います。

ただ被災した中で、復旧~運転再開と同時に広軌化工事をやり遂げたことは称賛に価すると私は思っています。

最後に一言。今回、弥富市内を歩いていて気になったのは、家の土台のかさ上げ具合。伊勢湾台風から暫くの間に建てられた家と、恐らく台風の記憶が薄れてから建てられた家(私の推測です)ではその差が歴然で、名古屋港で高潮対策が進んこともあるのでしょうが、地平から1m以上も盛土されたところに家が建っている理由を知る人は確実に減っていると思います。

参考:この広軌化工事の模様は半世紀前に制作された当時の工事記録映画「伸びゆく近鉄」(3枚目の写真)として残されており、その全編が2010/06/25に発売された「近鉄レール通信 Vol.2 [DVD]」に収録されています。その映像を見るにつけ、最後の最後で佐伯社長が完成を祝う金の犬釘を打つシーンでは思わず拍手をしてしまいました。