別府鉄道(べふてつどう)は、別府港と内陸部とを結んだ鉄道です。化学肥料を製造する多木製肥所(現在の多木化学株式会社)の製品を出荷し、官設鉄道(現在のJR)まで運搬する目的で設置されました。

1921年(大正10)、別府港口駅―野口駅間を走る野口線が開業(3.7キロメートル)。その2年後の1923年(大正12)には土山駅とのあいだを走る土山線(4.1キロメートル)が開業しますが、山陽本線と接続する土山線の開業にともない、貨物輸送はおもに土山線、旅客輸送は野口線がそれぞれになうこととなりました。その最盛期は1960年代。しかし、自動車の普及にともなって輸送形態が激変し、1984年(昭和59)1月31日をもって、63年間の鉄道営業にピリオドが打たれました。

今回はその野口線の廃線跡を散策いたしました。 2019.1.19


JR加古川駅より加古川市役所を目指す

JR加古川駅

加古川駅より約20分程で加古川市役所に到着! (バスもあり)市役所南西側に、
国鉄高砂線・別府鉄道の野口線野口駅跡 があります。ここより野口線がありました。

「野口駅跡」


大正2年12月1日 播州鉄道加古川町~高砂口間開通時に開業
大正10年9月3日 別府軽便鉄道野口駅開業
昭和18年6月1日 播丹鉄道会社線全線鉄道省に買収され高砂線となる
昭和59年11月30日 日本国有鉄道高砂線廃止
昭和63年4月2日 特定地方交通線代替バス輸送転換開始

市役所南西側に、 国鉄高砂線・別府鉄道の野口線野口駅跡
当時使用していた ディーゼルカー台車

「さよなら運行」時(1984年2月1日)
野口駅跡のモニュメント


加古川市立松風ギャラリー

2019年2月3日 日曜日、午前10:00~審査員の鉄道写真家の清水 薫先生による入選作品の表彰式と「播磨や兵庫の鉄道の過去と現在」をテーマに特別ゲスト近鉄名物広報マン福原稔浩様をお招きしてのトークショーを開催いたしました。

沢山の応募があり展示点数〇点、入賞5点

入選作品は以下の5点の作者の方々が選ばれました。

◆南吉康利様(兵庫県明石市)「小さな旅」

◆山口 徹様(兵庫県神戸市)「混合列車」

◆木村光宏様(奈良県香芝市)「運転」

◆新海一宏様(兵庫県神戸市)「桜花と塔の郷」北条鉄道

◆井上修一様(大阪府枚方市)「春爛漫」山陽電鉄

作品詳細は写真展特設ページ↓をご覧ください

トークショーで鉄道の思い出などを語る

北川アナウンサー、写真家 清水薫先生、福原、守る会会長 誉田勝さん
閉めのご挨拶
式典後の食事会 笑顔が物語っています。

「松風こみち」

野口駅跡 より約100m進んだところに「安田北交差点」があります。ここから遊歩道「松風こみち」で廃線跡に整備されています。

ここから先の遊歩道「松風こみち」
「松風こみち」

先に進むと別府川があり当時の単線鉄橋が現在での残っています。
今でも「キハ2」が渡るような雰囲気がいたします。

単線鉄橋

今でも「キハ2」が渡るような雰囲気がいたします。
残念ながら橋脚の製造プレートがありません


「藤原製作所前駅」


別府川 橋梁からマンションの間を進むと県道386号と交差いたします。この場所が「藤原製作所前駅」があった場所ですが、その痕跡はありませんでした。


「藤原製作所前駅」があった場所ですが、その痕跡はありませんでした。


円長寺駅跡」

「キハ2」がお出迎え! この一帯は公園になっていますが「円長寺駅跡」です。こちらにある「キハ2」は、無残な姿で寂しくなっていましたが、旧別府鉄道キハ2号を守る会守の皆様が日々活動し蘇りました。いつかは動ける事を願います。
この日も寒い中、作業をされていました。(1/19の最低気温 -0.8℃ )

「円長寺駅跡」こちらにある「キハ2」保管されています。
復刻作業中
このマークが特徴

歩道には当時のレールがそのまま残っています。

当時のレール

国道250号線を超えると一瞬廃線跡が分からなくなりました。少し東側にラーメン屋さんがあり、この付近から再び「松風こみち」が繋がりました。

国道250号線を超えると「松風こみち」

「坂井駅跡」

国道250号「松風こみち」に再び入ると「坂井駅跡」がありますがこちらも痕跡はありません

「坂井駅跡」

「別府駅口跡」

新幹線と山陽電車 手前がのこの場所が「別府駅跡」です。

1923年(大正12年)8月19日 – 神戸姫路電気鉄道開業と同時に別府北口駅として設置。 現在は「別府駅」
鉄道の基本で先に線路を敷いている別府鉄道が路面で山陽電車が高架になっています。

当時面影が残る歩道

石積方式で建築された高架橋
山陽電鉄高架
新幹線ガード下に別府鉄道野口線跡
( 山陽電車別府駅より )

山陽電車の高架をくぐりますと「松風こみち」はこちらで終わりです。これより先は公道を歩きます。

「松風こみち」はこちらで終わり

別府鉄道の看板 現在はタクシー会社

「別府港駅跡」

これより先は立ち入り禁止ですのでこちらで終了。

別府港駅跡付近

今回は加古川駅より約7㌔の道のりで歩道も整備されていました。歩行専用コースが中心でしたので安心して歩けます。廃線が好きな方には物足りないコースかも…。でも無残であった「キハ2」も大変良くなりつつあります。

今後も応援していきたいと考えています。次は土山線を散策いたします。なお独自の調査で実際と異なるかもしれません。よろしくお願いいたします。

土山線ルポ 2月3日

あらゆる鉄道知識を持っています団長こと代喜さんに、野口線を見学し終点の別府港へ、そして廃線跡の土山線を走り各施設や廃線見学ご案内していただきました。

レトロな元別府鉄道の親会社多木化学様本社

社屋内も昔ながらの応接室とか、昭和初期や大正時代の雰囲気がそのままです。 (情報と写真:誉田様)

別府鉄道土山線の中野駅 – 川崎車輛工場前信号所間の脇にワ124ありました。塗装も塗り替えているので感動がよみがえりました。

ワ124

土山線の唯一の中間駅「中野駅」

1面1線を有していた駅。ホームは2両編成分程度の長さしかなかった。乗務員に下車を申告しておかないと通過することがあった。 その付近には

現在の土山駅 2003年12月12日に橋上駅舎化

播磨町郷土資料館には沢山の資料が!当時のディーゼル機関車や客車の現物保存庫

実物展示のDC302
機関室
機器類も当時の状態で保存
床下
連結器

懐かしの写真 許可済

現役当時のキハ2

車内

運転中

復刻作業 (旧別府鉄道キハ2号を守る会)

復刻作業(旧別府鉄道キハ2号を守る会)

車内はこれからです。皆様の応援を

廃線跡を運転士の目線で!

街の中ですので勾配がほとんどなく、曲線もきつくなく快適に運転できると考えました。当時の接続駅の野口駅や国鉄土山駅での連絡や貨物輸送など時間に追われたかも!!また単線で行き違え駅は無いので不測の事故などは避けられ安全運転ができたのでは…。でも写真の運転風景は現在では考えられないですね!

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