「流氷の轟き、湿原の静寂」—冬の釧網本線をゆく 2024.3.13
夜明け前の網走駅。刺すような冷気が頬をかすめ、息は白く凍る。どんよりとした空が広がり、朝日を隠したまま、冬の厳しさを静かに物語る。
列車のドアが開き、暖気がふわりと漏れる。キハ54のシートに身を沈め、静かにエンジンの響きを聞く。
6時41分、列車はゆっくりと動き出す。窓の外には氷点下のオホーツクの世界が広がる。浜小清水駅付近、空は重たく雲に覆われ、灰色の海が荒れ狂う。波は容赦なく押し寄せ、ぶつかり合う流氷を砕く。時折、大きな氷塊が海面に叩きつけられ、白い波しぶきが高く舞う。その迫力に、思わず車窓に額を寄せた。
この光景を見つめるのは、国鉄時代の記憶を乗せたキハ54。車内の暖房は効いているが、窓の外に広がる極寒の世界を思うと、寒さがじわりと肌に染み入るようだ。
50年前、この地を訪れたときも、こうして冷たい窓に手を添え、同じ景色を眺めたことを思い出す。しかし、時の流れは無情で、この列車ももうすぐ引退の時を迎える。最後の旅をともにできることが、喜びと同時に切なくもあった。
釧路へ向かうにつれ、列車は流氷の海を離れ、釧路湿原の広大な大地へと足を踏み入れる。荒涼とした冬の湿原は、雪をかぶったまま静まり返り、風にそよぐ枯草の向こうを釧路川がゆったりと流れていく。そこに佇むタンチョウの姿が、まるでこの白と灰色の世界の中に、ひそやかに息づく生命の証であるかのように映る。
どんよりとした空の下、厳しい冬の息遣いを感じながら、列車は走る。流氷の迫力、湿原の静けさ、そのすべてが冬の旅の記憶となって心に刻まれていく。この旅が終わる頃、空は少しでも明るくなるのだろうか。そんなことを思いながら、揺れる車窓の景色を見つめ続けた。